軍師見習いのつぶやき

高校受験、社会情勢、その他日々の雑感など

お墓参り

皆さん、こんにちは。

いつも「軍師見習いのつぶやき」を読んでくださり、ありがとうございます。

 

今日は、祖父のお墓参りに行ってきました。

祖父は12年前に亡くなり、この3月下旬に十三回忌を迎えます。

 

十三回忌の法要に出席できれば良かったのですが、今年は、東日本大震災で亡くなられた方も十三回忌を迎え、お坊さんの手配が難しく、祖父の法要が平日になってしまったため、参加できません。

そのため、代わりに今日お墓参りに行ってきました。

 

 

祖父は、大正14年に千葉県の港町に生まれました。

学校卒業後は、漁師になりました。

ただ、残念なことに祖父は生魚が食べられません。というか魚料理全般が苦手です。

魚が苦手な漁師。後にも先にも祖父以外にそういう人を知りません笑

さぞや苦労したことでしょう。

 

その後、戦争が始まり、祖父は海軍の軍需工場で働きました。

あと少し戦争が長引いていたら戦地に出兵するところだったと言っていました。

 

戦争が終わり、祖父は、どういうわけか今では超一流の建設会社に就職。現場の塗装部門で腕を磨きました。

 

その後、会社を退職して独立。塗装業を営む会社を興しました。

東京大学中央大学の塗装をやったと言っていましたが、それも私が聞いて初めて照れ臭そうに話してくれただけで、孫に自慢するような考えは持たない謙虚で照れ屋な人です。

 

再婚で母を連れた祖母と結婚し、一気に夫と父になりました。

母は、私が一歳になるときに離婚しましたので、私が物心ついたときは、祖父が父親代わりでした。

 

祖父は、私のことを「にいちゃん」と呼び、とても可愛がってくれました。

 

いつもニコニコしていて優しく、滅多に怒らない祖父ですが、1度だけ怒鳴られたことがあります。

小学校低学年の私が喧嘩をして、負けて泣きながら帰ってきたとき、仕事道具を片付けながら「男だったら、そんなにビービー泣くな!」と。

あまりの衝撃にピタリと泣き止んだのを覚えています。

 

正月になると、祖父は小学生の私を得意先の年始周りに連れて行きました。

どの得意先の人も、私に優しく丁寧に接してくれました。

大人になって考えてみると、日頃、いかに祖父が得意先の人達に、丁寧に接していたかが分かりました。

また、得意先の人達は、こぞって私にお年玉をくれました。景気の良かった時代とはいえ、小学生には破格のお年玉。片親で満足にお小遣いをもらえない孫への、祖父なりの優しさだった気がします。

 

私が野球チームに入れば、休みの日に試合観戦に来てくれました。

中学高校で陸上部に入れば、興味のなかった陸上競技に関心を持ち応援してくれました。

高校受験、大学受験の合格を大いに喜び、就職・転職すれば、私の就職先に関心を持ち、激務で体調を崩しやしないかと心配もしてくれました。

私の子どもにもたっぷり愛情を注ぎ、一緒に遊んでもくれました。

 

 

今日、私は昼まで休日出勤でした。

あえて、休日出勤の後にお墓参りをしました。

職場の空気と仕事の雰囲気を纏ってお墓参りすることで「じいちゃん、俺は仕事しっかりやってるよ。だから心配しなくて大丈夫」というメッセージを伝えたかったからです。

あまりできなかった「じいちゃん孝行」のつもりです笑

 

 

前回と似たような記事で恐縮です。

今回も読んでくださり、ありがとうございます!